

ダニエル P. シュラギ博士
本日の講演の標題は「アフォーダブル」(Affordable)という言葉を使っておりますが、その意味は必ずしも最も安いコストということではありません。無理なく買える価格、手頃に使用できる経費を意味します。したがって表題は、ヘリコプターが手頃な値段で無理なく乗れるような交通手段になり得るかといったことになります。
そこで、この講演では手頃な交通手段または輸送システムとしての基準は何か、その問題を商用機と軍用機の双方について考えてゆきます。
具体的には、上図に示すように、今後ロータークラフトが新しい輸送システムとなり得る機会は、次の3点が考えられます。
(1)個人的な空の乗り物(PAV)
(2)滑走路不要の航空機(RIA)
(3)軍用輸送システム
自家用分野に目を向けよ さて、ロータークラフトは競争相手が存在しなければ、すぐれた本領を発揮することができます。たとえば、ヘリコプター救急、海底油田の開発支援、木材搬出、小型艦艇や不整地からの戦術輸送などです。とりわけ救急業務などはヘリコプターの最も誇りとするところですが、これらの分野では値段が少々高くても使われるようになりました。
しかし競争相手が存在する分野では、部分的に使われているだけです。たとえば企業トップのビジネス輸送、警察業務、農薬散布、消防、災害援助、空域管制です。
そして定期旅客輸送に関しては、競争相手が多いために、いまだ成功したためしがありません。唯一の例外はバンクーバーのヘリジェット航空ですが、それを除くと沢山の失敗例が積み上がっていて、何か絶望的な気持ちにさせられます。
要するに、ヘリコプターは軍用機や救急機としてうまく成功したために、価格の高い方へ行ってしまいました。しかし、これからは低価格帯の分野でも能力が発揮できるようでなければなりません。
その意味で、おそらくロータークラフトにとって今後うまく出来そうなのは「オンディマンド輸送」でしょう。すなわち定期的ではない急の要請に応える輸送で、たとえばエアタクシーや自家用機、ビジネス機が考えられます。
ところがメーカーの皆さんは、なかなか自家用機などには注目しない。もっと複雑で高価な先端的な技術の方へ目を向けがちです。これは研究者や技術者の考え方の問題であると同時に、特にアメリカでは事故が起こったときなど製造者の責任がきびしく問われるようになり、メーカーとしても軽飛行機など安い航空機の製造を避けるようになったためではないかと思われます。
しかし小型ヘリコプターを自家用機として使おうという考え方は、ヘリコプターの将来にとって非常に重要です。むろん充分な費用効果が得られるようでなければなりません。
開発費と販売価格 そこでヘリコプターのコストを考えるために、先ず供給側のコスト――すなわち開発費と販売価格を取り上げます。
ロータークラフトはローター、トランスミッション系統、操縦系統など非常に多くのダイナミック・コンポネントがあります。そのため開発過程でも、機体自体の試験に加えて、各装備品の耐用時間、オーバホール間隔(TBO),交換時間などを定めるための試験が必要になる。ということはダイナミック・コンポネントの使用を減らして、HUMSを併用する損傷許容設計(Damage Tolerance Design)が開発費の削減につながります。
さらにコンピューターの中で試験飛行ができるバーチャル・プロトタイピングも時間と費用の削減につながるでしょう。
もう一つの販売価格ですが、ロータークラフトは他の航空機にくらべて、多くの部品や装備品から成っています。しかも、各部品の形状が非常に複雑で、それゆえに製造工程も容易ではありません。とりわけベアリングレスのフレックスビーム・ローターの設計と製造は厄介です。したがって部品数を減らし、手間のかからない製造技術を実現することは、ロータークラフトにとって不可欠の課題であります。
運航費と技術支援費 次に使用者側のコストですが、ロータークラフトの運航費や整備支援費が高いのは、高価なダイナミック・コンポネントの予備品を保有しなければならなかったり、飛行時間あたりの整備工数が高かったり、燃料消費が大きいなどの理由によるものです。
この問題の解消策としては、費用効果の高いHUMSを装備してダイナミック・コンポーネントのオンコン交換を実現したり、整備システムの中にメーカー側の支援体制を組み込んだり、振動をさらに減らしたり、燃料効率の高いエンジンを開発することなどが考えられます。
メーカー側の支援体制というのは、コマンチ・ヘリコプターに採用されているような2段階の整備システムです。運航者みずから整備体制をととのえ、整備作業をするのは当然ですが、それに加えてたとえば多くのエンジン・メーカーがおこなっているようなプライム・ベンダーによる支援システムを導入することです。
また振動の問題ですが、これは相変わらず解決されておりません。多くのヘリコプターがまだ振動の問題を持っております。というのは、ヘリコプターの振動は種類が多くて複雑なため、設計段階でそれらを全て避けるように機体の固有振動数を配置することが難かしいためです。したがって今のところ、問題解決のためにはアクティブ防振装置が有力で、これに代わる方法は見つかっておりません。
、エンジンは燃料効率の高いものが必要です。ロビンソン小型ヘリコプターがピストン・エンジンを使っているのも当然でしょう。というのはコストがタービン・エンジンの3分の1くらいですむからで、小型ヘリコプターに関してはピストン・エンジンを見直す必要があろうと思います。ピストン・エンジンの技術は自動車用で非常に改善が進んでおります。まだ重くはありますが、小型ヘリコプターに関しては再考すべきだと思います。
アフォーダビリティ そこで、もう一度「アフォーダビリティ」に戻りますが、これは前にも言いましたように、製造者と消費者が余裕をもって、無理なく販売したり、購入したりできることです。したがってアフォーダビリティとは決して最低限のコストということではありません。消費者が財布のひもをゆるめるだけの価値を認めるかどうかということです。
政府機関や産業界では、このアフォーダビリティを「費用に対する利益の割合」(BCR:Benefits to Cost Ratio)として次式のように定義しています。
BCR=(利益−不利益)/費用
あるプロジェクトがBCR<1になってしまうと、その設計と開発のために費やした資金を回収できません。したがって通常はBCR>1になるような計画でなければ実行に移せないわけです。
この式の中の「利益」とは、ロータークラフトの設計でいえば、部品の性能を高めたり、機体の重量を減らしてペイロードを増やしたり、装備品の稼働率を高めたりすることです。しかし、そうした改良にも経費がかかり過ぎたり、自重が増えるなどの不利益を伴うことがあるので、利益から不利益を差し引いたものでなければならない。すなわち純利益が分子となります。
同様に費用の方も、コストの節減分があれば、総経費から節減分を引いたものとなります。ロータークラフトのコストは購入資金と運航費、支援費を加えたもの――すなわちロータークラフトを所有するための費用「オーナーシップ・コスト」が分母になります。
つまり、できるだけ利用価値が大きくて、所有経費が小さいこと。これがロータークラフトの評価基準になります。
ライフサイクル・コスト分析 次に航空機のライフサイクル・コスト分析、および価格決定までの経済分析は下図のような手順でおこないます。
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軍用輸送機および民間用ロータークラフトの評価規準は下の2枚の図に示す通りです。
個人用ロータークラフト さて、ヘリコプターを個人用の乗り物として利用することの可能性について考えます。そのような乗り物を、ここでは「PAV」(Personal Air Vehicle:空の個人用乗り物)と呼ぶことにします。
手頃なPAVを実現させるにはどうすればいいか。この問題は議会の要請もあって、ボーイング社がNASAとの契約によって研究しました。その結果、2重の機能をもつPAVが最良という結論が出ました。つまり空を飛ぶと共に、地上を走ることもできる二つの能力を持った乗り物です。
その基本となるのは、自重の軽いMD500ヘリコプターが適当だろうというということになりました。というのは、同機は総重量に対する空虚重量の比が0.45程度で、それを改造すれば比較的容易にPAVを実現できるというわけです。
ついてはMD500のどこをどう改修すればいいか。それをジョージア工科大学で研究することになり、一応の結論が得られました。それによると、2重の機能を持ったPAVが無理のない投資効率(ROI:Return on Investment)をもって開発できるということです。
PAVの評価の手順は、下図に示す通りです。
PAVの改修内容 ボーイング社とジョージア工科大学によるMD500からPAVへの改修は2段階に分けて考えられました。第1段階は空を飛ぶだけのPAV、第2段階はそれに地上を走る機能を持たせたPAVです。
まず第1段階としては、既存のMD500について下図のように、主ローターを新しい自動トリム・ローターに取り換え、ローターブレーキをつけ、トランスミッションを改良します。さらにコスト下げるために、今のタービン・エンジンをピストン・エンジンに換装します。
第2段階は、第1段階の改修に加えて、地上も走れるようにするわけですから、先ずスキッド脚を車と同様の4輪に取り換え、動力を伝えて駆動可能とし、操向性も持たせます。さらにヘッドライト、尾灯、クラクション、ワイパーなどをつける。また主ローター・ブレードとテールブームが折りたためるようにします。ここまでは必要最小限の改修ですが、もう少し利便性を考えればラジオ、エアコンなどの搭載もいいでしょう。その改修内容は下図の通りです。
なお、PAVがなぜ道路も走れるようにするかというと、離着陸のためにはちょっとした広場が必要だからです。その広場にたくさんのPAVを駐機しておくわけにはいきません。やはり、わが家の駐車場か格納庫に入れておき、そこから近所のヘリポートまで走って行って離陸するためです。したがってハイウェイを高速で走ったり、長距離をドライブするような機能は要りません。
こうして2重の機能を持ったPAVが実現すれば、この乗り物は道路の混雑解消に役立ち、一方では空域の混雑をも解消するので、双方相まって交通輸送システムの能力拡大をもたらすこととなります。
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政府資金による研究開発 では、手頃で無理なく使えるようなPAVを実現するにはどうすればいいか。その設計にあたっては、せまい範囲で使うのか、広い地域で使えるようにするのかを決めます。その両方を実現しようとすると、アブハチ取らずになってしまいます。
そのうえで、初めから信頼性、整備性、製造費、運航費を念頭に置いて作業を進めます。
また開発資金は投資回収率がプラスになるように考える必要があります。研究費や開発費は政府資金でおこない、原型機の製造と試験飛行を政府で実施したのち、民間企業に渡して量産する。その購入者にも何らかの特典を与えるといった措置も必要でしょう。
PAVの設計基準 PAVの設計上重要な課題は、第1に操縦特性です。ヘリコプターは、それほど高速で飛ぶわけでもなく、加速力も余りないので、そもそもが操縦のしやすい航空機です。それを実現する必要があります。
第2に騒音です。ローターの騒音は最大の原因がブレードの先端速度です。したがって騒音を減らすには、この速度を落とせばいいわけで、その手段はないわけではありません。
第3に構造の単純化です。ヘリコプターの構造が単純であれば故障は少なく、整備性は高まり、信頼性は上がり、製造費も運航費も下がります。信頼性と安全性に対する各種装備品の影響度は、基本ヘリコプター、その改修型、新設計型のそれぞれについて下図のとおりです。
もう一つ重要なことはハブの近代化です。ハブのベアリングと潤滑、ブレード・ダンパー、ドループ・ストップ、ジャイロスコープとスタビライザーバー、動力つきコントロール・ブースト、電子的な自動安定装置、構造上の結合部分など全てなくす必要があります。そのようなローターハブを考えなければなりません。
PAVの製造費 このようなPAVの製造費はどうなるか。下図はそれを示しております。
すなわちMD500ヘリコプターが1機あたり80万ドル前後であるのに対し、改修型のPAVは49万ドル余りで、目標の50万ドルを下回ります。ただし初めから新しいものを設計すると95万ドル近くかかり、これでは目標値の2倍になってしまいます。
しかし製造機数が多くなれば、製造単価も下がってきます。下図はそれを示したもので、改修型は450機以上つくれば50万ドルを切り、2,000機も製造すれば33万ドル余まで下がります。
また新規設計のPAVも5,000機以上の需要が見込めるならば、製造費は50万ドルを切ることができます。そして1万機で1機35万ドル、10万機で16万ドル、50万機で10万ドルくらいになります。
PAVの運航費 次に利用者の問題ですが、このようなPAVの直接運航費(DOC)は下図に示す通りです。
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すなわち燃油費、機体整備費、エンジン整備費の3つのコストを加えたDOCは普通のMD500Eヘリコプターが1時価当り202ドルであるのに対し、PAVの方は90ドル前後と、半分以下になります。
PAV成功の要件 以上のようなPAVがエアタクシーや自家用またはビジネス用など、オンディマンド用途に使えるようにするためには、どのようなことを考えなければならないでしょうか。設計上のいくつかの着眼点を挙げておきます。
第1に市場の大きさを見定め、それに対応するような速度と航続性能を想定しなければなりません。エアタクシーや自家用機であれば、おそらくは都市圏内の飛行だろうと思います。ということは飛行範囲がさほど広くないので、むやみに速度を上げたり、航続距離を伸ばしたりする必要はないわけです。
第2にコスト軽減のために単発機とし、それもピストン・エンジンを使います。ピストンのコストはタービン・エンジンの3分の1くらいではないかと思います。
第3にローターの慣性を大きくして、安全性を高めます。この新しいローターを使いながら、機体構造は単純化して、部品数を減らします。
第4に総重量に対する空虚重量比は0.40以下をねらいます。第5にローターの先端速度を毎秒600フィート以下とし、騒音の低減をはかります。最後に工場渡し価格は35万ドル以下をねらい、直接運航費も1時間あたり80ドル以下を目標とします。
かくて近い将来、下図のようなPAVが町の道路を走るようになるでしょう。
結論と勧告 以上により、この講演の結論と勧告は下図の通りです。
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すなわち、ロータークラフトはもっと手軽に無理なく使えるはずだし、使えるようにしなくてはなりません。そのためには先ず、適切な基準を明確にして、それに従って事を進めななければなりません。
民間分野では、オンディマンド移動システムがロータークラフトの最大の市場となるでしょう。しかし販売価格は今の半分、運航費は今の3分の2まで引き下げなければ、市場は充分に受け入れてくれないでしょう。
また軍用分野では重量物の輸送需要が高まるでしょう。これに対しても、いかに軍用機はいえ、費用のかかり過ぎないような配慮が必要であります。
ご清聴ありがとうございました。
(2002年11月11日、ヘリジャパン2002特別講演より要約)
講演中のシュラギ博士(AHSJapan、2003.8.18)
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